住職の部屋

住職の部屋

誰の為

牡丹

法華経の教えの基本は菩薩行であり、慈悲の心と、智慧で私たちの生き方と、行くべき方向を導いていただけます。

私たちは、生かされて生きていることを自覚する事を最初に知ります。

そして仏様への報恩と、自分を取り巻く全ての物、自然、他の人々への感謝を知ります。

そして、他人の為に行う菩薩行を知ります。

私たちの暮らしの中から、いつでも、どこでも知ることができます。

小欲知足

法華経の中に小欲知足(略)得其福報(欲を少なくして足るを知る者は幸せになる)と説かれています。

 コロナ禍で3回目のゴールでウイークに入りました。日々様々な事を我慢してこられた方々も多くいらっしゃること でしょう。「福」とは今日一日家族全員が事故無く健康で生活ができる事、すなわち「小欲知足」の生き方こそが幸せな生活なのです。

 「どれだけ欲しいかは、あなたの心が決めるもの、幸せであるかもあなたの心が決めるもの」

 

お墓の向こうの桜も満開です

桜 

 今年も満開です

もうすぐ春のはず

 

春梅

梅が咲き始めます。

雪が舞う中、木々はすでに春の風を運んできているようです。

12月8日は成道会の日です。

菩提樹 

 12月8日はお釈迦様がお悟りを開かれた日です。この日が仏教の始まりとして寺院では成道会という法要を行います。

 お釈迦様は、厳しい修行の後、菩提樹という木の下で最後の瞑想に入られて絶対真理の仏教を悟られました。

 その後、菩提樹の実を乾燥し、お数珠に使われるようになりました。

 祐宗寺にも菩提樹の木があり、夏を過ぎると写真の様に実がなります。

ごみは汚れているところに集まります

歩道の清掃 

先日、保育園の先生たちとお寺の前と保育園の前の歩道の清掃をしました。2日間、1日30分ほどでしたがとてもきれいになりました。

 何気なく通る道路ですが、歩道や路肩に雑草が生えており、なんとなくやだな~と感じていました。そして雑草の傍にはごみが捨てられていたり、砂やほこりが溜まっています。

 市内の道路を運転中見てみますと、雑草がいっぱいのところにはゴミが投げ込まれており、人の汚れが集まっています。

 汚れている場所や煩雑になっている場所には、ゴミや嫌な物が集まります。

 私たちの心や生活が乱れていると、そこには必ず良くないことが集まってきます。

 不思議と私たちは、ゴミが溜まってもそれが当たり前のようになってしまうものです。

 目の前のゴミを見つける事、心や生活の乱れを見つける事から始まませんか。

「感謝」の対義語は「あたりまえ」

 毎年のようにやってくる自然災害、そしていつまで続くのかコロナ感染

 「早くあたりまえの生活に戻りたい」と思ってしまいます。

 私たちが生活していく上で、「あたりまえ」の生活つまり「命が脅かされず、その日の生活が営めて、自分自身が幸せだと思える生活」があるのは、偶然でも、自分だけの力でもありません。自分自身の義務や努力も含め、多くの人たちの力によって、成り立っていることを決して忘れてはならず、「感謝の心」を不自由な今こそ私たちは心に感じなければなりません。

 電気が通る事、水道から水が出ることすら実はあたりまえではなく、多くの人の努力と責任によって実現されています。

 「感謝」も「あたりまえ」も自分の心が決めるもの。

 エアコンのスイッチを入れて涼しい風が出てきた時、「ありがたいな~」と思えたら人生が3倍幸せに感じますね。

令和3年のお盆はご家族で

馬と牛胡瓜の馬で早く帰ってきて下さい。茄子の牛でゆっくり気を付けて霊山浄土へお帰り下さい。

善根を積む

「花は開いて果となり、月は出でて必ずみち、燈は油をさせば光を増し、草木は雨降れば栄う。人は善根をなせば必ず栄う。」上野殿御返事

 人は「善根」(ぜんごん)(良い行い)を積んでいくと必ず栄えることが伝えられています。昨今「自分を、自分に、自分が」と言いがちでありますが、人は何かを得ようとすれば、必ず何かを差し出さなければなりません。草の根が花を咲かせるために地下を巡らせるように、目に見えないところで他人を思い、他人の為に良い事を積めば、必ずきれいな花を咲かせるパワーを貯めることができます。

持戒和合

桜「持戒(じかい)」は戒律を保つという意味です。「戒」は自分の心に誓う自発的な約束。「律」は集団生活をする際の規則のことです。

人は弱い生き物で、一人で生きることはできません。社会をつくり助け合って生きています。しかし集団でいますと、争いも起こし、嫌なことを人のせいにして相手を批判します。人とはなんて勝手なんでしょう。

 しかし、それを制御できるよう練習をし、人と助け合って生活をしていくことを「持戒和合」といいます。

 私たちは努力ができる存在なのです。

綿ぼうし

日蓮聖人像11月4日は祐宗寺で「お会式」(日蓮聖人のご命日の法要)を行いました。

その日には、参詣された檀信徒さんにお経が込められた「綿ぼうし」をお渡しします。

 「綿ぼうし」とは日蓮聖人が布教中に迫害を受けた際に、額に受けられた刀傷が冬になると痛むようになったため、少しでも和らげるためにと、全国的に秋のお会式から、春の彼岸まで間、お綿をかける習わしとなりました。

毎月のお寺参りです

お寺参り 

 毎月初め、保育園の3歳以上の子ども達112名がお寺へお詣りをします。

 「今月も、元気で、ケガをせず、病気もせず、みんな仲良く、たくさん遊ぶことが出来ますよう、どうかお守りくださいませ」

 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」子ども達はみんなで、お題目をお唱えします。

 今月、10月13日は日蓮聖人ご入滅の日。日蓮聖人は「ただ、妙法蓮華経の七字五字を一切衆生の口に入れんと励むばかりなり」とおっしゃりました。

 「子ども達は、合掌し、お題目をお唱えしていますよ。」

夏が過ぎてしまいました

新習慣

 夏が過ぎてしまいました。

 毎月の盛運祈願会、御施餓鬼法要など三密を防ぐため、皆さん一緒に本堂にお詣りして頂く事を止めました。

 僧侶となって初めてお盆の棚経を中止致しました。

 あとetcなどなど。初めての事を経験し、決定し、実行しました。

 ようやく、日に何度もの手洗いと、人と会うたび、外出するたびのマスクに慣れてきました。

 コロナ対策には「寛容性」必要だと思っています。

 大雑把にするのではなく、やるべき事はやる、やらなくて良いことはやらない、全てに絶対はない。そんな寛容性が必要ですね。

早く収束しますように

木札

島根県の全ての日蓮宗のお寺で、新型コロナウイルスの疫病退散・早期収束のご祈願を毎日行っています。

 

地球が風邪をひいています

牡丹

いつも季節ごとに、自宅で作っておられる鉢花を持って来て保育園に飾ってくださる方がいらっしゃいます。

子ども達もとても楽しみにしています。今年も見事な大輪の牡丹が咲いています。

自然はいつもの通り春の風が吹き、草花は元気に咲いています。

今、地球が風邪をひいています。風邪には休養が一番。無理をすれば長引きますし、悪化もします。

心配いりません、私たちもこの地球に生かされている一部と理解していれば。

当たり前の朝日~今日も一日が始まります~

朝日

”恩を知る”と書いて智恩と呼びます。自分の幸福度を底上げするとても大切なものです。

私たちは当たり前に過ごす一日を、様々なものから恩を受けて生きています。

恩は、大きければ大きいほど感じにくくなります。当たり前になってしまうんですね。

あの人から助けてもらった・・・ありがたい

おいしいご飯が食べれる・・・いただきます

好きな場所に行ける・・・楽しい

朝日が昇る・・・普通

今日一日が始まる・・・別に

息ができる・・・・・・・

全てを幸せと思えることは、なんと素晴らしいことなのでしょう。

幸せは私たちの心が感じるもの。与えられるものではなく、知るものなのです。

 

 

皆さん、こんにちは。

皆さん、こんにちは。

祐宗寺(ゆうそうじ)の住職です。

ずっと作りたいと思っていました祐宗寺ホームページがようやく完成し、アップすることが出来ました。

この「ふらっと 住職の部屋」では時々何か書いています。気軽に、時々ふらっと寄って見てください。

 

「神は細部にこそ宿る」先日こんな言葉を頂きました。

日常生活の掃除や、片付け、仕事、あいさつ、言葉遣い、ふるまい、などなど、細かい所こそ大切にしなければならないという意味です。やっぱり大雑把(おおざっぱ)は良くないのでしょうね。雑な処に心は宿らないのでしょう。

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